千葉県”習志野”の地名の由来

千葉県の北西部には、習志野という地名があります。習志野市と、船橋市の一部にその地名は存在しますが、習志野という地名にはとても深い由来があるのです。
明治時代までさかのぼります。現在の習志野周辺は、昔は大きな野原でした。明治時代初期に周辺が陸軍の駐屯地になり、今でも習志野には駐屯地が置かれています。
1873年に陸軍の大きな演習があり、それを明治天皇が観覧しました。その際、演習で大きな活躍を見せた、篠原国幹少将がいて、篠原を見習えという意味で、「習え篠原」と呼ばれるようになり、演習が終わった後に、明治天皇が、この地を「習志野ノ原」と命名しました。
その後、習志野原の周辺にあった村々が合併し、津田沼村ができました。津田沼町に変化したのちに、この町は習志野市と名前を変えました。
明治天皇により命名された習志野と言う地名は、長い時を経て市の名前になり、今でもその名を千葉県の東葛地域でとどろかせているのです。